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10 /久しぶりに日曜日。なんか僕には「単文で終わらせる」ということができないらしい(したこともあるけど)。なので、「時間がないので長文になりました」と言う気持ちが結構分かったりするのです。結構ぐだぐだ語ってしまったりしますからね。
とりあえず、漫画は読んでます。小説は、まぁぼちぼちと。日記と創作はそろそろ復帰しないとな。まず、ネットに掛けている時間を一時間ぐらい減らせば上手くいくでしょう。ネット隔絶環境を作らないとなぁ……やっぱりまるまつかガストか?……田舎には時間をつぶせる喫茶店が少なくてねぇ……ぼちぼち探してみましょう。
これではブラッドベリになってしまう日曜日。そんなわけで、Vフォー・ヴェンデッタを見に行きました。原作はアラン・ムーア:原作、デイビッド・ロイド:漫画のコミックス(下記書誌情報参照。フルカラー300ページ。厚いよ!(笑))。脚本はマトリックスでおなじみのウォシャウスキー兄弟、主役のVを演じるのはそのマトリックスシリーズの100人スミスことヒューゴ・ヴィーイングですから俄然気合が入ります。主演女優のナタリー・ポートマンって、「アミダラ王女」だったんだ、とか感心したり、スティーブン・レイって何処かで見たことある気がするのに思い出せなかったり。
![]() | V フォー・ヴェンデッタ (SHOPRO WORLD COMICS) アラン・ムーア 小学館プロダクション 2006-04-21 by G-Tools |
「ハッピー・エンドなの?」
「映画だからね」
見終わってから考えると、劇中でVとイヴィー(ポートマン)が「巌窟王(モンテ・クリスト伯)」を見ながら交わした台詞がとても意味深に思えてきます。張り巡らされた伏線*1とこれでもかと繰り出される蘊蓄(戯言でも可)、常人の動き方ではないナイフさばき、そして最後に出てくる100人のVとかは、「あー間違いなくマトリックスのルーツだなぁ」と感じるのに十分であります。てか、Vが鬼畜過ぎて感情移入できない部分もあることにはあったのですが、マトリックスのネオ除け以外のところに関心を持った方々には楽しめるかも知れないなぁ、と思う限りであります。あとは議長が風貌はカストロさんっぽいのに名前がヒトラーに似ているのはどうにかならないのかなぁ、と思ったり思わなかったり。
この映画の中でやっぱり僕が一番好きなのは、スティーブン・レイ演じるフィンチ警視かなぁ。彼のおかげでVの復讐劇・イヴィーの成長劇に加えて倒叙ミステリの側面も見えて、フィンチ警視が全ての真相に気づく瞬間は、同時に全ての劇中の伏線がつながる瞬間でもあります。このパズルがはまった瞬間、というのはやはり何物にも代え難い興奮を同時に感じるもので、この瞬間が映画全体を通して一番燃える(萌える?)瞬間でもありました。普通の人はラストのクライマックスを見てゾクゾクしちゃうんでしょうがね*2。いや、もちろんラストの大爆発も快感ですよ。大変面白かったです。
まぁ、GWのラストをこういう映画鑑賞で締めくくれただけでも良しとしましょう。うーん、今書き直している「踊ル人形」にも少なからずの影響を与えてしまうかも知れないなぁ、と思ってみたり。うーん、どうなんでしょうか。そんな感じで今日はおしまい。愛・蔵太さんの「匿名コメントは是か非か」とか、東浩紀VS夏葉薫・前島賢をスズキトモユさんの話を参考にしながら横から生暖かい目で見るとか気になる話は多いんですけれど、それは追々。明日以降かなぁ。
踝祐吾の97%は○○からできています土曜日。しかし、ここまで更新をさぼってると忘れられそうですね(苦笑)。ブログになってから毎日更新の枷を自ら外したためか、さぼり癖が付いてしまったなぁ、と思います。MTだと本をamazonやbk1で紹介しにくい、ってのもあるんですが、それ以前の問題でしょうね、きっと。mt-sukerokuは楽なんで、今後も使っていく予定ですけれど、いかんせんブログ全体が重いと感じることが多々あります。カスタマイズのしすぎなのかなぁ。なんか違うような気はしますけれど。Firefoxから投稿したら軽くなったりして(ンな馬鹿な)。
ゴールデンウイークに突入してテレビをだらだらと見ているのですが、戸塚ヨットスクールの戸塚校長がヤンキー先生こと義家弘行さんと対談しているのをついつい見てしまいました。教員時代の未練なんでしょうかね(苦笑)。
で、戸塚校長のやり方は石原の慎ちゃんとか応援していて、支持する人もいるらしいんですけれど、誤解を恐れずに言うなら、僕は戸塚宏という人間そのものが嫌いです。
理由は別に方針とかそういうものでは無しに(人間は生まれながらにして理性を持たない、というのは僕も同感で、教育思想には共感する部分は少なくないけれど)、テレビを見る限りでは人の話を全く聞かねぇんだもん。コメンテーターの一人が指摘した部分でもあるんだけれど、上段から相手を見下すようにしゃべり、人の話を平気で遮って持論を展開する。あーた何様のつもり? 人の話を聞く時は目を見て……と宣っている人が相手の話に聞く耳を持たない、というのは矛盾しているような気がします。ダブルスタンダードの教師は通常の学校では嫌われるし、尊敬の対象には絶対ならないでしょう。この人がすごく不器用な性格だというのをさっ引いたとしても、どの口が教育を語るの? という気がするのです。てか、入学者の4分の3が退学している事実からこの人は目を背けてはいけないように思うんだけどなぁ。
ただ、スパルタが決して悪いとは言いません。言いませんが、それは「指導」であって「教育」ではないような気がするのです。両者の違いを明確に申し上げることは難しいですが、教育って指導だけでなく、アフターケアやその他のことも全部ひっくるめて言うのだと思うのですよ。ただ、テレビで見る限りこの厳しさは学校ではなく、部活の厳しさなのかなぁ、と思います(一応部活にも教育の一翼を担うという目的があるので、一概には言い切れませんが)。
まぁ、テレビで見られるのは一部分だけですし、戸塚ヨットがどういう方針で進めているのか知りませんが(講師は軽蔑されてなんぼ、それを乗り越えてこそ……というのでしたら、愛される教師像云々を語るのは全く無意味でしょう)、多分彼の語りを聞くことはないと思います。たとえ生徒たちからしたわれていようと、ですかね。
うーん、書いていくうちに難しい話になってきたので今日はおしまい。たまにはアウトプットしないといけませんものね。ブログには書いてませんが、漫画を中心に色々読んでます。そのうち気が向いたら感想をアップしようかな。